![]() | ||||||
![]() | ||||||

|
ツアー ウラジオストックは見どころの多い都市です。それらの見どころを十分にご堪能いただけるよう、「パシフィック・ウェーブ」は幾つかのモデル・ツアーを用意しています。もちろん、ご予算や予定滞在日数にしたがって、お客様専用のツアーを用意することもできます。お電話、またはE-MAILにてご相談ください。お客様の貴重なお時間を有効に使えますよう、一緒にツアーを作り上げていきましょう。 ウラジオストックは、ロシア語の「東方を統治せよ」という言葉に起源を持つといわれています。1860年代より、沿海州の州都として、また太平洋の重要港として栄えてきました。北東アジアに睨みを利かせる軍港であるウラジオストックは、ソ連時代には外国人の立ち入りが禁じられていました。旅行者を再び受け入れるようになったのは、ソ連崩壊後、1992年のことです。解放後のウラジオストックを訪れた旅行者たちは、金角湾に威容を誇る戦艦だけでなく、想像に反する町の美しさにも驚きを隠せなかったといいます。現在、ウラジオストックは70万の人口を要し、ロシアにおける政治、工業、化学、教育そして文化の中心に成長しました。 |
| 「ウラジオストック中央駅」 全長9302kmを誇るシベリア鉄道の、東の果てがこのウラジオストック中央駅です。プラットフォームには「偉大なるシベリア鉄道の終着点。モスクワまで5771マイル」と書かれた記念碑があります。 中央駅にはロシア帝国最後のツアーリ、ニコライ二世が1891年に訪問し、洗礼を施しました。中央駅の隣には、ウラジオストック最大の港があります。隣接する中央広場は、およそ150年に渡る歴史を持つウラジオストックの生誕の地とされています。 「中央広場」 主たる記念式典のほとんどが執り行われる中央広場では、「1917-1922年極東ロシアでソビエトの為に戦った者たち」に捧げる記念碑群に出会うことになる。この記念碑群は、「赤軍」、「1905年革命」、「沿海州で戦ったパルチザン」の三つを象徴している。中央広場付近には、州政府の省庁が建っている 「スベトリャンスカヤ通り」 スベトリャンスカヤ通りは、ウラジオストックで最も古く、かつ見どころの集まった通りとして知られている。オスカー賞受賞俳優、ユーリ・ブルナーの生家もこの通りにある。19世紀にドイツ人によってこの通りに建てられたビジネスセンターは、現在では高級百貨店「GUM」として使われている。 「プーシキン通り」 この通りには革命前に建造された、歴史ある建物が今も残っている。その多くは領事館や商館として使われていた。また、ロシア科学アカデミー極東支部や、1999年に百周年を迎えた極東大学の校舎もこの通りに見ることができる。 「A.K.アルセーニエフ郷土歴史博物館」 ウラジオストックや沿海州の歴史、先住民の生活に関する幅広いコレクションを誇る博物館である。 「潜水艦C-56博物館」 第二次世界大戦で十杯の敵船を沈めた潜水艦。 「海兵に捧ぐ墓地」 日露戦争、革命期の内戦、第二次世界大戦、朝鮮戦争、アフガン侵攻・・・。わずか百年の内に、ロシアでは幾万もの血が流されてきた。海兵に捧ぐ墓地では、ウラジオストックが耐えてきた歴史の痛みを感じることができる。アメリカ、英国、カナダ、フランスそして日本の戦士たちが、この墓地で眠っている。 「ニコライ聖堂」 日露戦争で失われた軍艦、そして海兵たちの鎮魂を祈り、建てられたロシア正教会。ウラジオストックのシンボルでもある。 「鷹巣展望台」 金角湾を一望できる展望台 。 |





